「役員報酬を毎月もらうのをやめて、年1回の賞与にまとめると、社会保険料が大きく減らせるらしい」――経営者の集まりなどで、こんな話を聞いたことはないでしょうか。
これは、事前確定届出給与という制度を使った、実際に存在する方法です。確かに保険料は減ります。しかし、その代わりに失うものもはっきりあります。この記事では、制度のしくみ、保険料が減る理由、退職金や年金への影響、届出の手続きを順に解説します。
この記事でわかること
- 事前確定届出給与の位置づけ
- 役員賞与にすると社会保険料が減る理由
- 年金・保険給付・役員退職金への影響
- 届出の期限と、届出どおりに支給する必要性
1. 役員賞与は「事前の届出」で損金になる
役員の給与は利益調整に使われやすいため、損金にできる形が法律で限定されています。代表的なのは、毎月同じ額を支給する定期同額給与です。
役員賞与は原則として損金になりません。ただし、「いつ、どの役員に、いくら支給するか」をあらかじめ税務署に届け出て、そのとおりに支給した場合は損金にできます。これが事前確定届出給与です。後から金額を動かす自由はなく、この窮屈さと引き換えに損金算入が認められています。
2. なぜ社会保険料が減るのか:賞与の上限
毎月の給与の保険料は、標準報酬月額に保険料率を掛けて計算します。一方、賞与には「標準賞与額」という別枠があり、上限が設けられています。
| 保険 | 標準賞与額の上限 |
|---|---|
| 厚生年金保険 | 1回の賞与につき150万円 |
| 健康保険 | 年度の累計で573万円 |
上限を超える部分には、保険料がかかりません。そこで、月額報酬を大きく下げて年1回の大きな賞与にまとめると、年収は同じでも社会保険料の総額が大幅に減ります。
3. 数字のイメージ
役員の年収1,200万円を、2つの方法で受け取る場合の概算です。
| 受け取り方 | 社会保険料(労使合計・年間) |
|---|---|
| 月100万円の定期同額給与 | おおむね300万円弱 |
| 月10万円+年1回の賞与1,080万円 | 年100万円台まで下がり得る |
差額は年100万円を超える規模です。ただし、この数字はあくまで概算です。大事なのは、ここからお話しする「引き換えに失うもの」です。
4. 代償その1:年金と保険給付が減る
- 老齢厚生年金:年金額は現役時代の標準報酬に比例する。標準報酬月額を最低水準まで下げれば、その期間の年金は減る。賞与も150万円までしか年金記録に反映されない
- 健康保険の給付:傷病手当金や出産手当金は標準報酬月額をもとに計算される。月額10万円の役員なら、傷病手当金も月数万円程度になる
- 障害年金・遺族年金:同じ理屈で影響を受ける
保険料の削減とは、正確には「保障の縮小」です。
5. 代償その2:役員退職金の枠が小さくなる
役員退職金の税務上の目安は、最終報酬月額×在任年数×功績倍率で計算されます(役員退職金のコラムを参照)。
| 最終報酬月額 | 退職金の目安(在任20年・功績倍率3.0) |
|---|---|
| 100万円 | 6,000万円 |
| 10万円 | 600万円 |
退職金は経営者の出口戦略として税制上有利な手段ですが、月額を下げたままだと、その枠を自ら小さくしてしまいます。
毎月の手取りが減って生活資金が賞与月に偏ること、金融機関から見た役員報酬の見え方、賞与の直前に業績が悪化しても金額を動かせない硬直性も、実務上の弱点です。
6. 手続き:期限と「届出どおりの支給」
事前確定届出給与は、手続きを誤ると全額が損金不算入になる厳しい制度です。
| ポイント | 内容 |
|---|---|
| 届出期限 | 原則として、支給を決めた株主総会の決議から1か月以内、かつ事業年度開始から4か月以内(いずれか早い日まで)。毎年届出が必要 |
| 届出どおりの支給 | 支給日も金額も届出と一致させる。1日ずれても、金額が1円違っても、原則としてその賞与は全額損金不算入 |
| 支給しない場合 | 支給日の前に、株主総会などで不支給を決議して議事録を残す。一部だけ支給するのが最も危ない |
まとめ
- 事前確定届出給与を使った報酬設計は、社会保険料を年100万円規模で減らし得る
- 一方で、年金・傷病手当金などの保障が薄くなり、役員退職金の損金の枠も小さくなる
- 総会後1か月以内などの期限内の届出と、届出どおりの支給が絶対条件
- 目先の削減額だけでなく、老後と万一への影響まで並べて判断する